波を見るとき、私たちは何を見ているのだろう。水そのものか、それとも、水を伝わっていくかたちか。北斎の絵の前に立つと、ふだんは聞き流してしまう問いが、急に手触りを持ちはじめる。

The Metropolitan Museum of Art / Public Domain
大きな波の先端は、指のようにも、枝のようにも見える。小さな泡のひとつひとつへ視線を移すと、ひとつだった景色の中に、いくつもの景色が現れてくる。
本を読むことも、この視線の動きに似ている。遠くから全体を眺め、ときには一つの言葉へ近づいてみる。理解とは、一度で見渡すことより、距離を変えながら何度も出会いなおすことなのかもしれない。
次に海を見るときは、波のかたちをひとつだけ追ってみたい。目の前の景色に問いを置く。それだけで、世界は、昨日より少し広くなる。